施餓鬼会とは何か。臨済宗の僧侶が解説

施餓鬼会(せがきえ)は、「お施餓鬼」または「施食会」ともいわれ、お盆やお彼岸の時期を中心に一年を通して行われる法要です。

その歴史は古く、中国では梁の武帝が天監5年(505)に営んだ記録がのこります。また、非常に汎用性の高い法要であり、慶事や祈祷に先祖供養と様々な場面で勤められています。

今回は、歴史もあり、有名な法要でありながらも、わかりづらい施餓鬼会について臨済宗の僧侶である筆者が解説します。

施餓鬼会とは

阿難
阿難尊者(引用:『諸宗仏像図彙』鹿鳴文庫)

施餓鬼会は、前世の悪業の報いとして餓鬼道に生まれた者たち(これを餓鬼とよぶ)に飲食を施して供養する法要です。

供養をした者には多大な善業が積まれ、その善業は自身の先祖や目的のために転用(これを回向という)することができると信仰されました。

施餓鬼会の典拠としては、いくつかのお経が挙げられますが、特に弘法大師空海が日本に将来したと言われる不空三蔵(705~774)の翻訳した『救抜焔口餓鬼陀羅尼経(くばつえんくがきだらにきょう)』が有名です。

ただ、餓鬼に施しをするという発想自体は、それより成立の古い『雑阿含経(ぞうあごんきょう)』のなかにも見られます。

餓鬼とは

餓鬼は、インドのサンスクリット語では、“preta(プレータ)”といい、元々は子孫からお供え物(供養)をしてもらえない死者を指し、一種の亡霊を意味しました。

それゆえ、お経では、餓鬼は常に腹をすかせた哀れな存在として描かれます。

また、生前に嫉妬深かったり、物惜しみや貪る行為をした人の生まれ変わり先(輪廻転生)とされ、地獄や畜生の世界と並んで三悪道(三つの悪い行き先)と呼ばれます。

※輪廻した後の行き先(六道)としては以下の六つが説かれます。

  • 天道(神々の世界)
  • 人道(人間の世界)
  • 修羅道(争いの絶えない世界)
  • 畜生道(家畜の世界)
  • 餓鬼道
  • 地獄道

『救抜焔口餓鬼陀羅尼経』

今日営まれる施餓鬼会の典拠といわれる『救抜焔口餓鬼陀羅尼経』には、お釈迦様の従者であったアーナンダ(漢訳名:阿難)と餓鬼の次のような因縁が記されます。

お釈迦様が故郷のカピラヴァストゥに滞在しているときのこと。

アーナンダが人気のない静かな場所で瞑想をしていると、目の前に醜悪な姿をした餓鬼があらわれ、アーナンダに次のように告げた。

「三日後に汝の命は尽きて、我と同じ餓鬼に生まれ変わる。」

恐れおののいたアーナンダは、餓鬼にこの窮地を逃れるための方策を尋ねると、「無数の餓鬼をはじめとした生きとし生けるものに施し(供養)をしなさい。そうすれば、苦を免れる。」と返された。

しかし、アーナンダにそれだけの供物を用意する財力はなかったため、お釈迦様に相談したところ、「出来る限りの供物を用意して、その上で秘呪を唱えると無数の供物となり、餓鬼たちの空腹を満たすことができる。」と教示され、その通りにしたことで難を逃れた。

この因縁から、施餓鬼会の際は沢山のお供え物を用意して、読経がなされます。

なぜ施餓鬼会を修するのか

施餓鬼会

仏教に伝えられる行事は宗派によって異なるものも多いのですが、この施餓鬼会は宗派を超えて今日まで営まれています。

なぜ、流行し、定着したのか察すると、以下の2つが挙げられます。

  • 施しをすること
  • 大勢のために供養すること

施すという行為は、仏教では“お布施”とよび、他者だけのためでなく、自らのためにもなるものとして大事にされます。

これは仏教全体に重視される行為なため、施餓鬼会は宗派を超えて営まれるのでしょう。

また、普段の供養は特定の故人のためだけに行われることが大抵ですが、施餓鬼会は特定の故人だけでなく、生きとし生けるものといった不特定多数のために営まれます。この特徴は他の法要には見られないものです。

施しの重要性

仏教では、“自分”というのは縁あって様々な要素の集合したものに過ぎず、縁が尽きれば雲散霧消する儚い存在と説きます。

しかし、私たちは長い年月を過ごすことで、自らを構成する肉体や心といった要素に強い執着を抱き、それらが病や老いによって能力を失っていくことに苦しみを感じます。

苦しみをなくすためには、自らに対する執着を手放ししかありません。

その手始めとなるのが、自らの所有物を物理的に手放すお布施です。

お布施の詳細はこちらhttps://chouju1394.jp/buddhist-donation

災害物故者や戦没者の供養のために営まれる施餓鬼会

施餓鬼会は、供養の対象が特定の故人に留まらず、餓鬼をはじめとする生きとし生けるものという幅広さを持つことから、中世には飢饉や戦乱で亡くなった人々のため、近世に入ってからは災害の犠牲者や戦没者を弔うためというように営まれてきました。

さいごに

近年、国と国が自国の利益を優先して、ぶつかり合うことが増えてきました。これは個人レベルでも同様のことかと思います。

しかし、人間は生まれたときから他者の手を借りねば生きていけない社会的な生き物です。これは他の動物と比べても飛びぬけています。

施餓鬼会は他者に対する眼差しを育てる法要です。

施餓鬼会に学ぶことは少なくありません。ぜひ、多くの方に施餓鬼会に参加してほしいと思います。

《参考文献》

『岩波仏教辞典』

『正法輪(臨済宗の行事6 施餓鬼)』教学研究委員会


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