臨済宗僧侶が教える!臨済宗の数珠のかけ方

葬儀の9割が仏式で行われるといわれる日本において数珠のかけ方はマナーの一つとなっています。

しかし、宗派によって持ち方はまちまちで、頭を悩ませる方も多いのではないでしょうか。

今回は臨済宗僧侶である筆者が臨済宗における数珠のかけ方を解説します。

臨済宗における数珠のかけ方

臨済宗の数珠の持ち方

臨済宗では、上記画像のように左手の親指と四指の間に数珠をかけ、そのまま右手と合掌して拝みます。

この場合、親珠(房のついている珠)を左手親指の外脇におき、房は左手の甲に垂らします

なお、珠の数によって数珠の長さが異なり、長いものの場合は二重にしますが、かけ方は同じです。

なぜ数珠をかけるのか

仏教は、“煩悩を断つ”ことを目標とする教えです。

今日でも行われる瞑想など経典には煩悩を断つための方法が繰り返し記されます。

そして、四、五世紀あたりに成立したと推定される『木槵子経(もくげんじきょう)』には、数珠を身に付けて仏教徒にとっての三つの宝である“”お釈迦様・教え・仏教教団”を繰り返し称賛することで煩悩を断ち切ることができるという趣旨のことが記されます。

これが典拠となって、仏教徒の間で数珠をかける習慣が出来上がりました。

なぜ左手なのか

臨済宗も含めて多くの宗派において数珠は“左手”にかけます。

これは仏教が始まったインドにおいて、右手は神聖な手、左手は不浄な手と信仰されること。

そして、数珠には煩悩を断ち切る、つまり、清らかにする作用があると信仰されることに関係すると考えられます。

どちらにかけるか忘れた際にはこのことを思い出してください。

お釈迦様にはお母さんの“右”脇から生まれたという伝承があり、上記の信仰が関わっているとも指摘されます。

数珠の珠の数

珠の数は108、54,27など様々ですが、一般の方が使われるものには規則はありません。

また珠の素材や色にも決まりはありません。

数珠の由来とは

お寺と神社の区別がつかない方が少なくないと聞きます。

それもそのはず、神社でよく見られる本殿と拝殿を石の間で一体化する権現造りは寺院建築に影響を受けています。

このように宗教は教義や習慣など相互に影響を与え合いながら続いてきました。

数珠もその一つになります。

数珠の由来

数珠の由来は、バラモン教・ヒンドゥー教で用いられてきたアクシャマーラー(ジャパマーラーとも呼ばれる)と言われ、アクシャは「小さな粒」、マーラーは「連なり」を意味します。

元々は呪文などを繰り返し唱える際に、その回数を数える実用的なものであったと考えられます。

仏教の数珠導入

仏教のお経に数珠が初登場するのは四世紀、五世紀に漢訳された『木槵子経』と言われており、世界遺産として知られるアジャンター石窟でも五世紀ごろに描かれたと見られる観音像が数珠を持っていることから四世紀あたりに仏教に数珠が取り入れられたと考えられます。

ロザリオの起源?

キリスト教のカトリックにおいて礼拝の際に用いられるロザリオの発祥をアクシャマーラーに求める説もあります。

アクシャマーラーは別名“ジャパマーラー”ともいい、「ジャパ」は呪文を低い声で唱えることを意味します。

ドイツのインド学者アルブレヒト・ヴェーバーは、それが西洋に「薔薇」を意味する「ジャパ―」と誤って伝わったことから、ラテン語で薔薇の意味するロザリオと直訳されたと主張します。

まとめ

ここで紹介した数珠のかけ方を実践して頂ければ、どの場にいっても恥ずかしくないようになります。

最後に、数珠のかけ方をもう一度確認します。

  • 数珠は煩悩を断つためにかけるもの
  • 数珠を左手にかけるのはインドの習慣が影響している

仏典には、仏弟子の法に適った美しい所作や作法に信仰心を起こす人々の様子がたびたび描かれます。

仕草一つでも人の心を動かすものがあるという証左といえます。

是非とも、正しい数珠のかけ方を心掛けて下さい。

【参考】

『現代寺庭要訓(妙心寺派宗務本所)』

『インド後期密教における数珠(倉西賢亮)』