【住職ブログ】仏教が描く天の世界とは

梵天

皆さん、こんにちは。

先日、最近の子は快適な場所に行くと、「極楽ぅ~」ではなく、「天国ぅ~」と言うことを知り、こんなところにおいても天国が幅を利かせていることに少し驚きました。

さて、今回は、仏教世界において最も善い境涯となる天界(天道)についてお話しします。

仏教で「天」という場合には、空間を指すのではなく、天界に住む生き物、つまり、神々を指します。

日本人にもなじみ深い帝釈天や梵天がそれです。

天の原語となるインドのサンスクリット語では、「deva(デーヴァ)」といい、ラテン語で神を意味する「deus(デウス)」とは語源を共有します。

4,5世紀に編纂された仏教哲学書の『倶舎論(くしゃろん)』によると、その天が住む天界の場所は、天のランクにより住所は変わることが記されます。

一番低いランクから順に記すと次の通りです。

  • 四大王天…いわゆる四天王のこと。須弥山(※1)の中腹に住む。
  • 三十三天…帝釈天が主。須弥山の頂上に住む。
  • 夜摩天(やまてん)…いわゆる閻魔。後世の仏教では地位が落ちて、地獄の主とされたが、倶舎論の記された時代には、まだ神として空中に住まうと考えられていた。
  • 兜率天(とそつてん)…夜摩天よりも高い空中に住まう。ブッダとなる者はここで待機すると言われ、現在は次期ブッダである弥勒菩薩が住んでいる。
  • 楽変化天(らくへんげてん)
  • 他化自在天(たけじざいてん)

ここまでは天でありながらも欲望を抱いた六種類の天ということで、「六欲天」と呼ばれます。

これより上位の天となると、欲望を抱きません。

さらに、上位となると、肉体を持たず、精神だけの状態の天がいるとされ、紙面の都合上割愛しますが、六欲天より高次の天は、合計二十一種類の天がいると記されます。

天の寿命は、そのランクに応じて、長くなりますが、最下層の四天王の一日ですら人間の五十年に相当するとされ、人の時間で換算すると約900万歳となります。

これが織田信長の辞世の句と人口に膾炙される「人間五十年、下天(四天王のこと)のうちをくらぶれば、夢幻のごとくなり。」の根拠となります。

当時の人々の仏教に対する知識の高さが窺えるのではないでしょうか。

いずれにしても、天界は苦しみのない快適な空間とされ、古代より大変憧れの世界でありました。

仏教では、善い行為が天に生まれることに繋がると説かれましたが、後世にはお釈迦様のご遺骨が埋まるストゥーパを拝むことで天に生まれることが確約されると信仰されたので、今日でも南方仏教ではストゥーパの前で多くの人々が祈りを捧げています。

※1須弥山(しゅみせん)は世界の中心にあると考えられた空想の山。ヒマラヤ山脈をモデルとしており、漢訳されると「妙高山」となる。新潟の妙高山の名は、ここに由来する