【法話】私たちの人生を方向付けるものとは

 私たちは、より良い人生を歩みたいと思っています。ただ、漫然と生きるのではなく、人生に質を求めます。

しかし、万人がそのように思っているにも関わらず、実際には自分が思った方向に進んでいないこともたくさんあります。では、何が私たちを方向付けていくのか。

それは“意思”です。

 意思には、大まかにわけて二種類あります。今年は格別に暑い日が続いておりますので、冷蔵庫をあける頻度も高くなっているかと思いますが、「喉が渇いたから何か飲み物を飲みたい。」と思って冷蔵庫を開ける。

これは生物として生きる上で必要な本能的な意思です。これが一つ目。

そして、冷蔵庫をあけて、中に入っているジュースや麦茶など複数の飲み物からいずれかの飲料を選びます。これが二つ目の意思で、自由意思です。

この自由意思が大切で、私たちはそれによって、善いものを選び取っていくことができるのです。

 仏教においては、この意思をとても重視しています。その一端が見えるのが、仏教教団のルールである律です。

よく“戒律”とひとまとめにして呼ばれますが、実は戒律は戒と律に分かれます。

戒というのは僧侶だけでなく、仏教信者にも適用され、道徳のようなもので、それを破ったからといって罰があるわけではありません。

しかし、律は僧侶のみに適用され、それを破ると罰があります。いわば、僧侶の法律です。この律をまとめたものを律蔵といい、様々な規則とともに実際に起こった事例が記されます。

その中で、人を殺してしまった場合にどのような罰が与えられるのかが事例とともに記されています。

では、問題です。

僧侶たちがお寺を作っているときに、下にいた僧侶が屋根材の石を上にいる僧侶に渡そうとすると、上の僧侶が石をつかみ損ねて、それが下にいた僧侶の頭にあたり、死んでしまいました。

この場合、上にいた石をつかみそこねた僧侶は罪に問われるでしょうか?

答えはノーです。現代でいう過失致死にあたりますが、この僧侶に殺意はなかったため、罪には問われません。

次のケースです。

素行の悪い僧侶が意味なく空に石を投げました。それが意図せずして近くにいた牛飼いの人に当たってしまい、彼を死なせてしまいます。

この場合は、罪に問われるでしょうか。

答えは石を意味なく投げたことに対して軽い罰が処されますが、牛飼いの人を死なせた罪には問われません。

では、最後。

ある父子の僧侶があり、食事の給仕の際に、息子が「お父さんが取りに行ってください。」と殺意をもって後ろから押したところ、お父さんが倒れて打ちどころ悪くして亡くなってしまいました。

この場合はどうでしょう。

もう、おわかりですね。殺意がありますので、もちろん、ペナルティーが与えられます。殺人というのは、一番重い教団追放というペナルティーが与えられます。

 

これらをご覧頂ければ、意思というものをお釈迦様がどれだけ大事にされたかがわかると思います。

実は、このように意思を重視するのは現代の日本の刑法にも見られます。よくニュースなどで事件を起こした加害者の精神鑑定を行うと報道されますが、心神喪失状態であることが認められると刑事責任能力がないということで刑事罰を免除されることがあります。

一般的に考えれば、加害者の精神状態は被害者には関係がないので、違和感を覚える方も多いと思いますが、刑法では刑事罰を科されるということは当人の人権を制約することになるので、犯罪行為の際の意思を重視するのです。

このようなケースを除けば、私たちは善悪の区別がつき、それに基づいて行動することができます。

街中で募金を求められれば、善の意思によって、募金することができますし、悪意によって他者に害を与えるということもできてしまいます。ただ、善い行い、悪い行いはそれだけで終わりません。それらには潜勢力があって、後の自分に影響を及ぼすと仏教では説かれます。

 仏教のグループの一つ唯識学派(ゆいしきがくは)では、善悪の行為と潜勢力の関係を次のように言います。

現行薫種子 種子生現行 (げんぎょうくんしゅうじ しゅうじしょうげんぎょう)

現行薫種子

現行とは、行いのことで、種子とは行いによって心の内部に植え付けられた潜勢力です。その潜勢力は決して潜んだままでは終わりません。種が花を咲かせるように、種子は必ず行いとして表れます。

例えば、電車で人に席を譲る。最初は勇気が要ります。しかし、一度、行動に移してみると、次はもっと気軽に席を譲れるようになります。

なぜなら、席を譲るという善い行いによって、私たちの心の中に善い種を植えつけ、それが「また誰かに席を譲る」という形で花を開くからです。その花開いた行いは、私たちの心の中に同様の種を植えます。

それは、善いことばかりではなく、悪いことも同じです。善悪いずれの行いをすれば、自己の人生に延々と影響を与え続けていきます。そして、行いのもとは意思であるからこそ、意思によって、私たちの人生は方向付けられていくことになるのです。

ぜひ、一つ一つの行動を大切にされてください。


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